青山ブックセンターが営業中止
http://www.asahi.com/national/update/0716/032.html東京、神奈川に7店舗をもち、芸術、文化関係の出版物などに重点を置いた個性的な品ぞろえで知られる書店「青山ブックセンター」(本店・東京都渋谷区)が、16日限りで営業を中止した。取引先の出版取次会社の栗田出版販売がこの日、東京地裁に同書店のグループ3社の破産申し立てをしたため、営業の継続を断念したとみられる。バイト中、書店に勤める友人から、電話がかかってきていた。かけなおしたとたん「聞いた?」で始まったこの電話で、ぼくはこのニュースを知った。彼女は新宿店にいた。本店や六本木店では撤去作業が始まるも、その他の店舗はまだ営業していると聞いて、いてもたってもいられなくなり駆け込んだという。遠い友人が亡くなったときのような、希薄な喪失感。バイト先からの帰り道、不忍通りを自転車で走りながら、帰ったら何を書こう、と考えていた。
家に着きしばらくすると、別の友人からメールが来た。本屋好きのぼくがもしまだ知らなかったら、とわざわざ報告してくれたようで、思わずすぐに電話。出版業界のことに明るくない彼女になぜABCが?しかもなぜ突然?と聞かれ、ぼくはそもそもの出版流通の仕組みについてから日販トーハンという大手取次の担う役割についてまで、知識の限りを尽くしてまくし立てた。だいぶ熱くなっていたように思う。
もちろん「ヤバイらしい」という話はそこかしこから、もう何年も前から聞いていた。「ついにつぶれるんだよ」という話も、数日前に某所で教わった。それでも、やっぱり震えざるを得なかった。ましてや最後の日に立ち会えないなんて思わなかった。せめて最後に、と思えど、もう明日には本は一冊もない(
新文化にアップされた写真)。
大学1年の頃、ぼくは高校時代からの友人と[super]という雑誌を作ろうとしていた。それは本当に、今思い出しても画期的でエキサイティングなアイディアに溢れる雑誌だった。その頃ぼくらは、ほんとうに毎日のようにABCに行っていた。いつも「じゃあ、ルミツー(新宿ルミネ2)のABCで」と待ち合わせた。
まずは平積みになっている雑誌コーナーに行く。発起人で編集長だったぼくは、そのとき出ているすべての雑誌が本当に面白くなくて、自分の出す雑誌が旋風を巻き起こすのだと豪語していた。でもその頃は本当に、女性ファッション誌からマニアックな専門誌まで、毎月そこにならぶ何百という雑誌をチェックしていた。ちょっとあたらしい企画が出るたびに、ちょっと悔しがりつつ、基本的にはいきがっていた。勝てる、と思っていた。
そしてその後ざっと新刊の書籍を見渡した後、奥の美術・デザインの棚に行く。するとたいてい、待ち合わせていた親友のADがいて、買うにはとても手が出ない海外のヴィジュアル本を眺めていた。ぼくもそこに加わる。当時ABCに並んでいたものは、ほとんど全部目を通していただろう。そしてそんなような客は、他にもたくさんいたように思う。
[super]は色々な事情で、残念ながら完成に至る前にその活動を終えざるを得なくなってしまった。当時はお金もなく、正直ほとんどの本を立ち読みで済ませてしまっていたから、ABCに「もっとがんばれよ!」なんていう資格はぼくらにはない。けれどその頃のぼくらは文字通りABCに学び、育てられていた。そのことだけは間違いない。
セゾン文化というコトバと、その恩恵を受けた世代というのが確実に存在する。ぼくらはそのセゾンの残り香を嗅ぎ羨ましく眺める世代だ、ということは、結構色々なところで言ったり書いたりしてきたのだけれど、ひょっとしてぼくらにとってのセゾンはABCだったのではないだろうか、と思う。もちろんABCは、言ってしまえばただの夜遅くまで空いている本屋だ。けれど確実にABCの匂いというものがあって、ぼくらはそれを嗅いでその周辺を漂っていた。主催のトークショーにも何度も行った。欲しいと思う本がないことも多かったけれど、まあ大抵はそこにあった。ぼくらの感覚のある部分は、確実にABCで研ぎ澄まされていったはずだ。
ABCのサイトにアクセスしても、エラーが出る。1日にして、本当にスッキリと消えていってしまった。このことについては、もうしばらく考えてみようと思うけれど、まずはABCのみなさん、とにかくお疲れ様でした。そして今まで、本当にどうもありがとうございました。
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なんだかちょっと長くなってしまいましたが、ハイ。弔いというかお別れというか、やっぱり言いたくなってしまったので。久々の更新です。ちなみに、ブックピックのほうもちまちまと更新しております。『太陽』『キネ旬』などの雑誌や「創元推理文庫」に興味がある人もない人も、ぜひ覗いてみてくださいな。でした。
http://www.super-jp.com/bookpick/